IE9ピン留め
2005年 08月 23日
新天地へ。
読者のみなさま、
Tomo in Californiaは、これにて終了いたします。
1年もの長い間、読んでいただき、本当にありがとうございます。

これからは、
Tomo@これから。
と題しまして、新たに書いていくつもりです。
新しいサイトのほうでも、お付き合いくだされば幸いです。

では、

そんな感じで。



# by tomo-techtech | 2005-08-23 12:14 | diary
2005年 08月 21日
その後のTomo
大学院復学の手続きをしつつ、
来月の学会の準備をしつつ、
友達と旧交を温めつつ、
弓も引いたりしつつ、
家族とだんらんしたりしつつ、

元に戻らないもの以外、徐々に生活を元に戻しています。

で、その後の日記はというと、ちゃんと書いています。
新しいサイトで運営していきたいと思っているのですが、
その準備がなかなか進みません。

早めに何とかしたいと思いますが、気長にお待ちいただければ、と思います。
ではでは。

そんなかんじで。

# by tomo-techtech | 2005-08-21 12:11 | diary
2005年 08月 11日
Tomo@Nippon !!!
いやー、帰ってきたぜ。
やっぱ故郷はいいぜ。最高だぜ。

一年ぶりの日本の感想:
「まわりぜんぶ、日本人+日本語!キモっっ!」


えっと、なんていったらいいのか分かりませんが、
正直なところ現在、「マジで!?」という感情でいっぱいです。

マジで、僕はアメリカに行ってきたのだろうか。
マジで、一年も行ってきたのだろうか。
マジで、ここは、あの「日本」なのだろうか。
マジで、僕は一年前、ここを発ったのだろうか。

懐かしすぎて、珍しすぎて、なんだかすっかり混乱中。
おまけに時差ぼけも深刻(ボストンと東京の時差は13時間。真逆です。)

到着ゲートを出るとき、当初予想した感動は、全くなかった。
外国にいるのが当たり前すぎて、大して感慨が沸かなくなったのか、
外国がそれだけ普通になったぶん、僕が成長したということなのか、
はたまた、ずっと抱いてきた夢が、夢に終わったため冷静でいるのか、
僕には良く分からない。


家に帰るまでが、遠足。
家に帰るまでが、留学。
だから留学、これでおしまい。

ひとつ、大きな仕事が終わった。
まだまだ忙しい日々は続くが、ちょっと気持ちを整理しつつ、
新しい日々の準備を初めていきたい。


さわやかに。

そんな感じで。(つづく)

# by tomo-techtech | 2005-08-11 03:38 | diary
2005年 08月 09日
お知らせ。(非日記)
現在ボストン~成田の移動中。
とうとう、とうとう帰国だぜ!
更新をお楽しみに。

# by tomo-techtech | 2005-08-09 12:17 | diary
2005年 08月 08日
9日目。
7日

ユースで貰った無料のベーグルをかじりつつ、7時半、行動開始。
パブリックパーク(だっけな?)でワシントンさんとカモ親子の銅像を見た後、
ボストン最古の公園であるボストンコモンへ。ここも公園。
そこからフリーダム・トレイルに沿って街中を練り歩く。
フリーダム・トレイルとは、アメリカ独立の史跡を順番に結ぶ、歩道についた赤い線のことで、
これに沿って歩けばボストンの名所は大体めぐれるようになっている。

以後、
マサチューセッツ議会議事堂、
パーク教会とグレナリー墓地、
キングス教会、
旧シティーホール、
オールドコーナーブックストア、
集会場、
旧議会議事堂、
ボストン虐殺跡地、
ファニュエルホールとクインシー・マーケット、
ポールリビアの家、
ノース教会、
コップスヒル墓地、

などなどをめぐり、チャールズ川を渡ってバンカーヒルの戦いの記念塔まで行ってきた。
それがトレイルの終点。

記念塔では、それまで3時間近くぶっ通しで歩いていたにもかかわらず、
さらに休憩ナシで300段ちかい階段を一気に往復したせいで、体力が大きく削られることに。
そして、そこで休めば良いものを、馬鹿なので更にそのまま強硬、
洋上の最古の戦艦:コンスティテューション号のツアー見学までしてしまう。
最後のほう、比喩でなくフラフラしてた。
たまらずレモネードを一杯。ごくごく。



・・ところで、
日本帰国が近づくにつれて、僕は「恐怖」を感じ始めている。
かつてその苦しさを味わいつくしたはずの、あの暗黒の日々が、また再び訪れようとしている。
今は外国暮らしだから、まだ気がまぎれる。日本ではこうは行くまい。



体力の低下に反比例するかのごとく、そんな恐怖が僕を襲う。
せまりくる恐れにぐっと耐えつつ、僕の体は、連絡船でボストンの中心部に戻る。
精神ポイントの低下は、渇きと飢えのせいもあるだろう、ということで、昼食をとることにした。
ボストンに来たならば、ぜひロブスターを食いたいと思っていたところ。
たまにはグルメで行こう。

で、有名な「リーガルなんとかレストラン」に入ったのだが、
注文して出てきたのは、海老とガーリックのパスタ。あとクラムチャウダー。
確かに海老はプリプリしてて、しかも大きくて、とても美味かった。さすがシーフードの街ボストン。
しかし。俺様はロブスターが食いたかったんだー!
ちくしょー! 選び間違えたー!(笑)


そして、ここで更なるミス。
美味しいパスタでひとつ、贅沢な昼飯でひとつ、と、
目の前の皿を見ていて、関連する昔の光景と付随する感情が、脳裏に次々と浮かんできた。
体力と精神力が残り少ないところに、これは予想外の、まさに痛すぎる奇襲。
たまりかねてレストランを出る。


先ほどは、時間が早すぎて、人っ子ひとりいなかったクインシー・マーケットの裏手に出る。
この時間になると、猛烈な人ごみと化していた。変貌ぶりにビビる。
ショッピングモールはあるわ、フードコートはあるわ、大道芸人が出てるわ、の大騒ぎ。
ついでなので、買い物でもしてスッキリすることに。
大好きな雑貨屋さんで、イイカンジのアカシヤのお椀が目にとまる。早速購入、5ドルなり。
木製なので軽い。持って帰るのも楽だ。


今日は早めに帰ろうかと思ったが、コース上、どうしても今日行かねばならないところがある。
ボストン茶会事件の船である。仕方ないので行くことにした。
やっぱり徒歩。頑張る頑張る。燃えよ脚。

ところが、行ってみたら全面改装中で、閉鎖されていた。
大きな川の真ん中にあるのだが、川に掛かる橋もまるごと改造中という、本格的な大工事。これじゃ仕方ない。
地下鉄でコンベンションセンターに移動して、
スタバのキャラメルマキアートと、ボストン散歩マップを手に入れ、長い一日を終えることに。
なお昼飯が高すぎたので、夕飯は偶然見つけたTrader Joesでパンを買ってオシマイ。


明日は、アメリカ生活最後の一日です。
この334日間は、正直、とても長かった。
帰国したら短く感じるんでしょうがね。
そんな感じで。

# by tomo-techtech | 2005-08-08 09:30 | diary
2005年 08月 07日
現在ボストン。(非日記)
再びネット接続に成功したので、NY編をお届け。
長いという説もあるが、まぁヒマなときによろしく。

# by tomo-techtech | 2005-08-07 10:56 | diary
2005年 08月 07日
8日目。
6日

日付書いて気づいたが、今日は広島の日じゃないか。

今日はNYからボストンへの移動の日。7時出発。
土日の朝のNY地下鉄の安全性は不安だったが、ぜんぜん大丈夫なようだった。
8時にペンステーション着。1時間、読書をして時間を潰す。

本は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいる。
こんな有名な本、今頃読むだなんて恥ずかしい。
ちなみに昨日までは、猿谷要「物語・アメリカの歴史」の2回目を読んでいた。
この本は名著だ。コンパクトながら内容も面白い。少しはアメリカの来し方が理解できた。
他人に薦められて読んだが、僕も自身を持って薦められる良書。

予定より20分遅れて、9時20分ごろNY発。
ボストンまで4時間の旅。最初と最後の1時間はウトウト。
途中の風景は、漠然としか覚えていない。
ところどころ湖かヨットハーバーのような、水のあるところを通過したようだ。
日本にも田舎ののどかな風景があるように、アメリカにも田舎ののどかな風景が広がっていた。
それにしてもアムトラックは、なんでこんなに冷房を効かすのか。
4時間ずっと、「寒!」の文字が頭の中を跳ね回っていた。

午後1時半、ボストン着。
着いてすぐさま、ここまで客車を引っ張ってくれた電気機関車をデジカメに収めたら、警官に怒られた。
乗るとき手荷物すらチェックしなかったのに、なんでこんなところを警戒するのか。ちぇっ。

一人旅はトイレが困る。
置き引きを防止するため車内でトイレに行かない方針だったので、これまで飲まず食わず。
腹も減ったし喉も渇いた。
ボストン駅構内のフードコートで、美味そうに見えたアイスを食う。結果としてこれが昼飯に。嗚呼。

地下鉄に乗り換えて、今日から3日間の宿を目指す。
ボストンの地下鉄はアメリカで一番古いらしい。あのオンボロNY地下鉄よりもか!?
ビビっていたら、古すぎて駅も車体も結構リフォームされているようだ。NYより遥かにマシな感じ。
ただ、駅構内にエスカレーターがあまりないのには閉口した。
クソ重スーツケース+馬鹿デカリュックを持っている人は大変だ。肩とヒザに負担がかかる。

ボストンは小さい町だと聞いていた。地下鉄降りてあたりを見渡すと、
広域地図に書かれていた風景がすぐそこに広がっている。どうやら本当に小さい街らしい。
そういえばボストン駅だって、結構重要な駅のはずなのに、小ぶりだったものな。
ともかく、あっという間にユースホステルに着く。

荷物を入れ替え、早速行動開始。
有名なボストン美術館に行ってみる。日本美術と印象派を見るのが目的。
ところが日本美術は、どこにも見当たらなかった。狩野派の屏風が見たかった・・・
だが印象派はちゃんと見れた。数は多くなかったけど、十分ハッピー。
モネの、自分の奥さんが赤い和服着て日本の扇子持っている絵(どこの美術教科書にも載ってる)の本物を見た。
やっぱ実物はいいねぇ。
5時前に閉館してしまい、ちょっと慌てて見なきゃいけなかったのが残念だった。
なお、名前は忘れたが、古代アフリカ文明の展示が見られたのもよかった。
スーダンにミイラやピラミッドなんてあったんだね。へ~。

その後、ボストンフィルハーモニー(場所だけ)とバークリー音楽院を見て、今日は終了。
部屋でウェンディーズのバーガーを食いつつ、同室の奴らと話す。
今日は英語が快調だったので話してて気持ちよかった。

そろそろ、この旅も終盤だ。自由な時間はあと2日。
旅行自体で学んだことも、まとめなければ。
そんな感じで。

# by tomo-techtech | 2005-08-07 10:55 | diary
2005年 08月 07日
7日目。
5日

今日はかなり足を酷使するルートである。
予想通り、すごい距離を歩きまくり、なんと足の指にマメが出来た。
なんとしたことだ、この俺が。


7時に起きる。
NYセントラルパークの南西の角であるコロンブスサークルで地下鉄をおり、
スタバで軽食の後、そこから行動開始。

まずは有名なセントラルパークを歩く。
ウィークデーなのに散歩やランニング、ローラースケートで汗を流す人たちの、多いこと。
しかし、それにも増して多いのが、イエローキャブ(タクシー)。
NYは、本当にタクシーが多い。街中を走る車の5割はタクシーな気がする。膨大な数。

広大なセントラルパークのうち、南の一辺しか歩かなかったが、
この公園の中には美術館や動物園、各種ステージや運動場があるようだ。
我が庭である上野公園を思い出した。
そして余計なこともチラホラと思い出してみたり。歌を歌ってごまかした。


で、そこから今度は、これまた有名な5番街へ。
CBS(テレビ局)の前を通ったのが8時ごろで、日本で言う「ズームイン!朝」みたいなのをやっており、
屋外にカメラが出て、ヤジウマたちが歓声を上げていた。
ついでなので、そのなかに混じってTVに向かって手を振ってみた。
一応うつったと思うが、知人で俺に気づいた人は、まさかいるまい。いたらビビる。

5番街は、確かに高級ブランドばかりがひしめいていた。
僕なんか、自分じゃ稼いでいないし、身なりもこんなんだし、汗臭いし、などなどで、
そういう店には縁が遠く感じられ、ややつまらなかった。自分がinvolveされてない感じ。

そのまま南下し、セントパトリック教会へ。
久々に教会なるものに入ってみた。
不思議なことに、寺や神社に入ったときとは、感じるものが全然違う。
たまにはこうやって、おごそかな気持ちになるのも、悪くない。
ステンドグラスは綺麗だったが、ガイドブックに書いてあったパイプオルガンは発見できず。
ちなみに、次のレベルに必要な経験値を聞きたかったのだが、そういうサービスはしていないらしい。

お次は隣のロックフェラーセンター。GEの巨大な超高層ビルがある。
金色のプロメテウスもいる。冬にはスケートリンクと化す有名な広場も、今はオープンカフェ。
とりあえずガイドパンフをゲットして、そのとおりに見学する。
ショッピングセンターでお買い物をお楽しみください、とあったのでちょっと気分ルンルンになったが、
結局、安物の土産物屋+カフェばかり。がっかり。

そしてそこから、タイムズスクウェアに移動。
ホテルやレストラン、劇場がいっぱいなエリアだった。
そして人だらけ。車もクラクション鳴らしまくりでうるさい。
NYに来たのだからショーの一つくらい見ても良いのだが、
オペラやミュージカルは、基礎知識が全くないエリアなので、見ても分からんだろう、ということで、
旅行計画立案時に、出費をケチることにしたのだった。
そうすると、タイムズスクウェアでは、もうやることがない。はい移動。
あ、移動の前に、Yoshinoyaで牛丼を食ったっけ。


で、ここからが予定外の行動。
ここまで、あまりにも早く回りすぎ、NY市立図書館のツアーまで時間が無駄に余ってしまうことに。
中途半端なので、ツアーを午後にすることとし、グラウンドセントラル駅構内を見るべく、
ちょっと寄り道することにした。42thを東に歩く。

勇んで行ってはみたものの、ガイドブックにあるショッピングモールを発見できず、またしてもガッカリ。
駅自体はカッコよかったので、OKとしよう。西洋の「すてーしょん」なるものは、どれもカッコいいのう。
またしても時間が余る。
駅関連で、明日のボストン行きの下見ということで、そこからペン・ステーションに移動。
結果的に、下見してよかった。アムトラック乗り場は、西の果てにあることが判明。
こりゃ、やや乗換えに時間がかかるぞ?


やや脱線。
NYを歩いていると、よくパラッと水が降りかかってくる。
NYは建物がどれもボロいので、どこかの配管でももれているのだろうか、とか、
汚水だったらマジ最低だな、とかいろいろ考えたのだが、やっと分かった。
エアコンの室外機から水が垂れているのだ。
レンガ造りの高層ビルの窓辺から、たくさんの室外機がお尻を外に向けている。
しかし正体が分かったとはいえ、やはり気分のいいものではない。気持ち悪い。
脱線終わり。


市立図書館に戻る。こんなに時間を潰したのに、なお時間が余っていた。
足もかなり悲鳴を上げていたし、広場で座って30分昼寝。
この旅行で発見したが、かなり歩いても、昼寝をすると疲労が8割以上回復する。昼寝スゴイ。
楽しみにしていたツアーそのものだが、展示品の入れ替えに遭遇してしまい、
トマス・ジェファソンの独立宣言の直筆原文は見られなかった。残念。
でも、建物全体の大理石と、内部の木彫りの装飾は素晴らしかった。


若者の街、34thストリートを行ったり来たりしてみる。ファッション店が多い。
もはや購入は悲願と言ってもいい、黒いデニムジーンズを探す。探す。探す。ない。
スウェーデンの新興ブランドで、NYで人気沸騰中(らしい)、H&Mなる店も覗いてみたが、ない。
アバクロやバナリパの店もあったが、それらには置いてないことは経験上知っている。
昨日みつけたカルバンクラインの黒ジーンズの貴重さが身にしみた。買っておくんだった。


エンパイアステートビルへ。
すごい行列!みんな86階の展望台へ登る人だろうか。
僕はというと、11ドルもするし、高いところがさほど得意なわけでもないので、
地上から見上げる+1階内部を一周して満足する。
世界7大不思議の展示がしてあった。もしやと思ったが、なんとそのとおり、
エンパイア自体を8番目として扱ってある。苦笑。

南下してマディソンスクウェアへ。
ショッピング街かなーと思ったら、ただの公園。以南のスクウェアも同様と判断し、本日はここまで。


なお、どーしてもカルバンのジーンズが買いたくなり、昨日行ったサウスポートに再び行ってみることに。
自分の昨日の判断ミスを嘆きつつ、疲れた体に鞭をうち、頑張って歩く。まだ置いてあった!
即座に飛びつくも、一応確かめてみたら、白色光のもとではただの濃紺。なにーーーー黒じゃないーーー!!
購買意欲激減。自分の2重のミスに凹みつつ、家路に着く。あ、昨日買わなかったのは結局正解だったのか。
なんか悔しいので、最後、NYのブロードウェイを市庁舎あたりから体力の限界まで北上することに。
限界はすぐに訪れ(30分)、おとなしく地下鉄で帰還。
結論。NYの南北はマジで長い。(山手線の南北と同じくらいらしい。そりゃ長いわ)


今日はワシントン初日と同じくらい歩いた。
ヒートアイランド現象で凄まじい熱気のNYを、これだけ歩けたのは、
ひとえに、今日途中で買った2リットルのダイエットコークの威力だ。
昼過ぎに買って夕方には空になったというあたりで、この酷暑を推して知るべし。

明日はボストンに移動です。
そんな感じで。

# by tomo-techtech | 2005-08-07 08:14 | diary
2005年 08月 07日
6日目。
4日

クーラーがよく効いて、久々に深く眠った。
そのせいか、目覚めたら8時半。すぐ行動開始。今日はNYのダウンタウンだ!

地下鉄1番を終点まで乗って、自由の女神行きのフェリーを探す。
チケット売り場はクリントン要塞。すでに行列。往復12ドル弱は高いだろ。
フェリーに乗って20分位で、女神様のおわしますリバティーアイランド着。くそ暑い。

ふと朝飯を食っていなかったことに気づく。
「女神様と一緒に朝ごはん」なんてのもイイかも知れんと思ったが、値段が高いので止めた。すまん女神様。
なお、女神様まで行くときフェリーに米国沿岸警備隊の高速船が付き添ったのと、
実は女神様は銅板でできており中はスカスカであることの二つに、「へぇ~」。


時間がなかったのでもう一方の島は回らず、女神様みてそのままマンハッタンへ帰ってくる。
そこからウェストブロードウェイ(?)を北上。今日も全部、移動は徒歩だ。
トリニティ教会の南西の角の庶民バーガー屋さんでブランチを取った後、グラウンドゼロに行ってみる。
昨日に引き続きガイドブックの地図では分からなかったが、空が大きく開けた場所を探したら、すぐ見つかった。

すでに再開発計画も決まった模様で、ひたすら工事が進んでいる、この場所。
地下5,6階分だろうか。地面が深々とくぼんでいるのが、崩壊の威力を感じさせる。
あの日の出来事が時間別にまとめられたパネルの前に、大勢の人たち。
見た感じ、露骨に祈りをささげている人はいなかったが、果たしてみなさまの胸のうちや如何に。
ちなみに僕の中はというと、冥福を祈るというよりはテロ卑怯なり、という感じだったが、
一番は「あー、超高層双子ビル、見てみたかったなぁ」でした。

国内が「るつぼ」「サラダボール」に例えられるほど、雑多なアメリカ。
国民に外に目を向けさせることで国内を安定化するというのは、古今東西行われてきた政治手法だが、
この911も、結果としてそういう効果があったことは明白である。
今後、どうなるか。非常に興味深い。


その後、
ワールドエコノミックセンター、ウォール街、NY証券取引所、連邦準備銀行(米国の中央銀行)などを回る。
最初のヤツは、丸ビルみたいな、カッコいい系のショッピング街。こういうの大好きである。
その他は、毎日の経済ニュースで超おなじみの場所たち。
ガイドブックによると、数秒で莫大なお金が動く場所で、雰囲気が他と全然違う、みたいに書かれているが、
実態はもはや観光名所と化しており、旅行者の姿のほうがビジネスマンより多かった。
キリリとした雰囲気をイメージしていただけに、やや残念。

当初、ウォール街の街角カフェで有能ビジネスマンに囲まれて優雅にコーヒー、という計画があったが、
あまりにも暑くて湿気が凄いので、とてもコーヒーなんて気分じゃない。
近くで見つけたPharmacy(薬局、こっちの薬局はコンビニみたいに何でも売ってる)で買ったジュースをガブ飲み。


ナッシュ通り(?)を北上しNY市庁舎を、その後東に向かいブルックリン橋を見る。
んで、市庁舎まで戻って一本南下して、サウスポートへ。
サウスポートには、NYヤンキースのグッズ販売店があったので覗いてみる。
日本での報道では、松井グッズが大フィーバー、みたいなことになっていたが、実態はそうでもない。
ジーターやA.ロッド、R.ジョンソンにまぎれて、置いてあるだけ。
(まぁ、店頭でちゃんと扱われているだけでも凄いといえば凄いが。)

サウスポートで、NYの歴史を伝える博物館(なかなか面白かった)に入って、今日はおしまい。
なお17番桟橋で、カルバンクラインの黒ジーンズが35ドルだったが、悩んだ末に買わなかった。
買って、自分で長け直ししても良いんだけどなぁ・・・荷物重くなるし、失敗するとやだし。


・・・あ、いま思い出した。前のNY市長の名前、ジュリアーニだったね。
ペルー人質事件の司教の名前とゴチャゴチャになって。
ジュリアーニ市長とシプリアーニ司教。肩書きの発音までややこしい。


しかし今日はマジで地下鉄にムカついた。
やたら暑いし、雰囲気もビミョーだし、途中で止まるわ、放送意味不明だわ、
なかなか来ないわ、やたらうるさいわ、やたら揺れるわ、
ホント日本の交通機関って凄い。われらが新幹線や東京メトロを見よ!
交通機関だけでなく、この一年で僕は日本が大好きになった。スゴイ国だわ日本って。マジ立派。偉い。


あと、将来住め、といわれれば止むを得ないが、できることなら僕はNYには住みたくないと思った。
住むなら、ワシントンのほうが断然いい。
NYは、汚いし臭いし、犯罪の匂いもする。発展途上国の都市の雰囲気に似ている。
ワシントンは、地下鉄も綺麗だったし、モールは知的な香りがしたし、白亜の建物がステキだった。
もっとも、ワシントンは安全で有名な北西地区しか行ってないのと、
NYも5番街などをまだ見ていないので(明日行く)、今、総合的な判断をするのはやや失礼かもだが、
ともかく僕的には、現時点ではNYに勝ち目はない。断然DCの勝ち。


ユースホステルのネット接続が
「24時間の使用で10ドル」だと思っていたら、「24時間で10ドル」で、昨日買ったのはすでに期限切れ。
あまりにも高すぎるので今日は諦める。

そんな感じで。

# by tomo-techtech | 2005-08-07 08:14 | diary
2005年 08月 07日
5日目。
3日

ワシントンからニューヨークへ移動の一日。

朝6時に目覚める。そしたら他の奴らも続々と起きてくる。
結局、昨晩おやすみ前に握手して寝たJasmine, Doreen, Danと、お互いおはようを言うことに。
僕のチェックアウトにあわせてくれて、一緒に出発。
彼らは今日がDCの一日目。議事堂やワシントン記念塔の整理券ゲットに燃えていた。

Metro Centerの前で、今度こそお別れ。僕だけ一人、大荷物をもってユニオンステーションへと向かう。
7時半頃で、通勤ラッシュのやや前だったが、早くも結構サラリーマンの姿が。
今思い出して気づいたが、通勤者のなかの女性の割合が日本より高い。
アメリカは女性も結構働くってことだろうか。

ユニオン駅での電車(Amtrak)の乗り方は、まるで飛行機のよう。
フロントっぽいところでチケットを買い、ゲートの前で待つ。もっとも僕はチケットは既に持っていたが。
時間になるとゲートが空いて、ホームに出られる。
どこに乗ってもいいというので、適当に座る。座席間の前後間隔が広いので、足元が快適だ。

フィラデルフィア(ワシントン~NYの行程の6割位か?)までは、ウツラウツラ。
車内で寝るときも、下ろしたリュックの肩掛け紐に足を通しておく。
こうすれば絶対気づくので、盗られる心配はない。
フィラデルフィア後は、流れ去る景色を見ながら「世界の車窓から」のメロディーを口ずさんでみる。
このシチュエーションに、これ以上ぴったりな鼻歌があるだろうか。
3年前、イギリスで電車に乗ったときも、ひとりで口ずさんだっけ。


やや脱線。電車の中で考えたこと。
ちょっとでも油断すると振り向きそうになる自分を、僕は放っておかないことにした。
自分が正直に思うことを、素直にちゃんと感じてあげつつ、それでも出来るだけ前を向く。
なんというか、結局は的を前にした「会」の状態と同じなんですよね。
怖がっている自分がいる。それを正直に感じてあげる。
自分を認めること。それ自体も十分に怖いこと。素直に感じることは、勇気の要ること。
まず受け止める。そして、そこから頑張る。そうすれば、一段、落ち着ける気がするんです。
自分ってのは抑圧するものではなくて、自分と自分が共存することなんじゃないかと、
いや、決して甘えることにはならない。そこから頑張るから。そこからグッと伸びるから。
それが気合いで、それが伸合いで、それが武道なんじゃないかと。「強さ」なんじゃないかと。
・・・なんてなことを、弓道セミナーあたりから感じているわけです。
以上、意味不明な脱線でした。


んで、ワシントン出発から3時間後、NYのペン・ステーションに到着。
一人しか通れない地下鉄の改札をスーツケースを持って越えるのが超大変だったのと、
103th駅からユースを見つけるのにやや戸惑ったことの二つをのぞいて、特に問題なく新しいネグラに。
NYのユース、でかくてビックリ。綺麗で快適。

すぐさま軽装に切り替えて出発。目指すは国連本部。
NYの地下鉄はややオッカナイ。むわっと暑いし、いろんな人がいるし、
なにより、炭鉱のトロッコみたいな暗くてボロい駅構内と、揺れまくる電車。
でも大勢が利用している。ちゃんとした身なりの人もいっぱい。
危ない時間をはずして乗れば全く問題ないようだ。

国連では、内部の見学ツアーに参加した。
安保理の議場や国連総会の議場など、TVやニュースでおなじみの場所を見学。かなり感動。
途中、紛争問題だけでなく、食料・環境・人権保護など、幅広い国連の活動について紹介してもらった。
こういうのを聞くと、ああ僕も世界のために働きたいなぁ、などという意識がわく。
知ってはいたが、世界に一日2ドル以下で生活する人たちが10億人もいる事実は、聞くたびに胸が痛む。
あと対人地雷の話とか、小火器拡散問題とかも、とても残念な実態が、世界にはある。
なお、ちょっとだけだが国連改革の話も出た。
ちなみに、国連の建物はかなりボロイ。それもそのはず、1952年から変わってないんだものな。
新しい建設計画も話として出ているらしい。そしたらまた見学し直さなきゃか・・・。


徒歩でソニープラザに向かうも、結局探し出せず(地図の示す場所にはなかった)、
体力メーターも減ってきたのもあって、早めに帰ることにした。
ガイドブックの粗悪地図のせいで地下鉄を乗り間違え、正しい線に復帰するのに結構時間がかかる。うぜー。
ホステルに帰還してからは、無線を使って5日ぶりにネット接続。
仕事のメールがドサっと来ていた。がーん。早くやらないと。いくつか返事のメールを書いてみた。


さて、明日はダウンタウンだ!
摩天楼が俺を呼んでいる。
そんな感じで。

# by tomo-techtech | 2005-08-07 08:13 | diary


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